ハロウィン仕様のデコレーションが施されているせいか、ショッピングモールは一段と活気づいているように見えた。
放課後、僕は数人の友人とハロウィン限定のケーキを食べに来ていたのだが、どうも気分がすぐれなかった。今朝方からずっとこうなのだ。
「大丈夫か? さっきより顔色悪いぞ」
友人のひとりが僕を振り返って言った。
「うーん、なんかダメっぽい、かも」
「えー皐くん帰っちゃうのー?」
別の友人がつまらなそうに言った。申し訳なく思ったが、やはり朝から続く気だるさには勝てず、僕は苦笑した。
「ごめんね、僕がケーキ食べたいって言ったのに。明日、ケーキの感想聞かせて」
「ひとりで帰れるか?」
「大丈夫だよ。それじゃ、また明日」
気をつけてねー! という友人たちの見送りを受けながら、僕はもと来た道を戻った。
辺りは薄暗かった。東の方はすでに真っ暗で、闇が少しずつ明るい空を侵食していた。夜が近づくにつれ、体調はどんどん悪化しているような気がした。
家の前に着くと、リビングだけ明かりがついていた。
兄さん、帰ってきてるんだ。
たぶん夕食の支度をしているだろうと思って、インターフォンは鳴らさず、持っていた鍵で家に入った。瞬間、僕は自身にふりかかったさらなる異変に驚愕して、持っていたバッグを玄関に落とした。
「…………ッ……」
強い鉄のにおいが、嗅覚をひどく刺激したのだ。
なに、これ……血のにおい?
目眩がした。めちゃくちゃに脳みそをかき回されているような感覚だった。口内には自然と唾液が湧き上がって、飲み込んでも飲み込んでも溢れてくる。次第に、口の端からこぼれ出した。それと同時に、激しい空腹感が僕を襲った。鉄のにおいが嗅覚をより一層刺激して止まなかった。
僕はふらふらとした足取りで、リビングへ向かった。今にも意識が飛びそうだった。仕切りのドアを開けると、さらに鉄のにおいは濃くなった。僕は床にへたり込んだ。
「あ、おかえり……皐? 皐ッ!」
キッチンで夕食の支度をしていた兄さんが、慌てた様子で駆けよってきた。そこで僕の意識は、途切れた。
「大丈夫か? 具合悪いのか?」
皐は返事をしなかった。目は虚ろで、視点が定まっていなかった。熱があるのかと考えて、俺は皐の額に手を伸ばした。瞬間、皐が俺の手をとらえた。
「皐?」
「これ……」
俺はああと軽く嘆息した。
「さっき包丁で切っちゃったんだよ。なかなか血止まんなくてさ」
薄く切れた指先からは、まだ血がにじみ出ていた。皐はそれを見てにんまりと笑った。
「皐……?」
俺は言いようのない恐怖を覚えた。弟に対してなぜそんなふうに感じるのか、自分でも馬鹿らしく思ったが、本能が今すぐ逃げろと信号を発していた。しかし、俺が立ち上がるより早く、皐は俺の手を自分の方へ引き寄せ、血のにじむその指先を口にふくんだ。
「うわッおい! なにしてんだよ! 皐!」
俺は驚きと恐怖とで混乱した。必死に離れようとしたが、普段の皐からは想像もつかない力で引っ張られた。
皐はこくこくと喉を鳴らしながら、俺の血を、飲んでいた。
「さつきっ! おい! どうしたんだよッ皐! さつ、き……」
俺は遠のこうとする意識を必死に保とうとした。目の前で妖しく微笑む皐に、俺の身体に流れる血の半分以上が飲み尽くされているのではないかと思った。もう限界だった。俺は重力に身を任せ、床に倒れた。
いつだったか、こんな場面を見た気がした。それはたぶん映画かなにかで、主人公の血を吸っていたのは妖艶なバンパイアだった。
意識が途切れる間際に見た皐が、それに重なった。
次の日の朝、俺が目を覚ましたのはリビングの床だった。ところどころに血痕があって、昨日の出来事が嘘でないことを明確にした。
カーテンの隙間から見えた空は、真っ青な快晴だった。
さつきバンプ
(あの夜から、俺の受難の日々が始まったのは言うまでもない。)