悠希と美佳子の関係を表象する言葉として一番適切なのは、所謂「幼馴染み」というやつだろう。悠希は、「腐れ縁」という言葉を常用しているが、一般的には、幼馴染みといってなんら過誤はない。
例えば、「親友」。
定義は人それぞれであるが、親友という存在をつくるもつくらないも自由である。極端な話、友人という存在すら、つくるもつくらないも自由であるはずだ。
しかし、「幼馴染み」となるとそうもいかない。
特に、彼女たちの場合、母親同士が幼馴染みで家族ぐるみの付き合いであるし、家も二軒挟んだお隣。そうなると、通う小中学校も同じということになってくる。彼女たちの住んでいる市は、田舎ではないけれど都会でもなく、クラス数はそう多くない。小中学校の九年間、クラスが違ったのはたった一度きりだった。
そして、高校受験。
彼女たちは、互いの志望校を知らなかった。願書を提出しに行った先に互いの姿を認めて、初めて知ったのだ。内心で一驚はしたものの、その高校は徒歩通学可能な近場で、偏差値は低くもなく、かといって極端に高いというわけでもない、ようするに、彼女たちにとって、立地的にもレベル的にも条件の良い高校だったので、偶然志望先が重なっても、まあそんなものか、という調子だった。彼女たちはそれぞれ出願を済ませ、高校周辺を散策してから帰宅した。
なんだかんだと同じ高校へ進学したというわけである。
そして、そんな具合に縁を繋ぎ続けてきた彼女たちに、また受験の季節がやって来た。
最初の一年を除いて、二人は同じ空間を共有した。共に理系で、理科選択では物理を履修していたためだ。
高校受験と同様、互いの志望校を知らないでいたのだが、マフラーに顔をうずめる帰り道、途切れ途切れの会話から、どうも互いに明日が最初の受験で、しかも第一志望らしいことがわかった。
手前の美佳子の家の前で、二人は立ち止まった。
「健闘を祈る」悠希は言って、美佳子に背を向けた。寒さに一度身震いして、二軒先の自宅へ歩き出した。その背に、美佳子が少し声を張り上げた。「健闘を祈る!」
悠希は右腕を軽く上げ、指先をひらひらと振って返事をした。
翌日。固く冷たい早朝の空気を押しのけながら、夏のオープンキャンパス以来の慣れない道を一歩一歩踏みしめてたどり着いた大学の門は、やはり高校よりも何倍も大きくて、悠希は一度立ち止まって、冷たい空気をひゅっと吸い込んだ。来年から毎日この門をくぐる自分の姿を想像して、けれど、それはあまり上手くいかなかった。身体の下のほうから、ぼんやりとした不安がじわじわとわき上がる。コートのポケットの中で、指先が御守り――悠希と美佳子に、と母親たちが揃いで買ってきたものだ――に触れて、それも一緒にきゅっと握った。さらに、くぐった門の先に見慣れた後ろ姿を認めたことで、低く立ち込めていた靄は綺麗さっぱり晴れた。悠希は少しだけ口許をゆるめて、ふ、と短い溜め息を漏らした。
そして、彼女たちは、昨日までとなんら変わりない単調な挨拶を交わす。
「おはよ」後ろから追いついた悠希が言った。
美佳子は、悠希の存在になのか、寒さになのか、一瞬眉をひそめた。マフラーの下でもごもごと唇が動く。「おはよ。さむい」
「学科どこ」
「応用情報工学」
「三号館って門から一番遠いんだよねえ」
「さむい」
「さむいねえ」
並木道を抜けて、ようやくたどり着いた三号館の入り口の先には、取り取りの制服に身をつつんだ男女が群がっていた。ちらほら私服姿の受験生もいる。服装の指定はないが、一般的に現役生の大半が制服で受験にのぞむので、そのほとんどが浪人生だろう。
人の群れの向こうの掲示から自分の受験番号を探し出し、試験会場となる教室を確認する作業は、結構な体力を消耗させた。そこだけがやけに温度の高い人の群れと、無機質にずらりと並んだ番号の温度差に目眩がしそうだった。
応用情報工学学科の試験会場は、二階の二〇一教室と、三階の三〇六教室と三〇八教室の三部屋だった。
二人は、混雑しているエレベーターを避けて、階段で三階へ上がった。
悠希は三〇六教室、美佳子は三〇八教室の前でそれぞれ足を止め、なんというわけもなく寸の間、顔を見合わせて、前に向きなおった。
悠希の席は窓際で、ちょうど門から歩いてきた並木道を見下ろすことができた。冷たい空気に突き立てるように裸の枝を伸ばしている木々も、春になれば見事な花弁を散らして、多くの新入生を迎え入れるのだろう。
今度は、その並木道を歩く自分の姿を、ありふれた日常の一部のように、簡単に想像することができた。
春、また同じ道を共に歩くのも悪くない。
悠希はかじかんだ指先を擦り合わせながら、やっぱり腐れ縁だよなあ、と考えた。
永縁
(100928)