※読み方
秋彦(あきひこ)
美織(みおり)


 そこは、真っ暗闇だった。
 右を向いても左を向いても……まるで自分の両目が見えなくなってしまったような錯覚がして、少し怖くなったのを覚えている。
 わたしは、きゅっと手に力をこめた。そうしたら、わたしの手を握っていたお兄ちゃんの手がきゅっと握り返してくれた。
 すごく安心した。わたしより少し大きなお兄ちゃんの手。今も忘れない感覚。
「ほら、上を見てごらん」
「わあ……」
 言葉にならなかった。
 わたしは、ただ感嘆の声をあげるばかりだった。
「あれが織姫さまの星だよ」
 お兄ちゃんの指さすところを、わたしは一生懸命見上げた。
「彦星さまは? 彦星さまはどれ?」
「いいか、あそこにたくさん星があるだろ?」
「うんっ」
「あれが天の川。それをはさんで、反対側にあるのが彦星さまだよ」
 鷲座の首星、アルタイル。
 琴座の首星、ベガ。
 七月七日の伝説。牽牛星と織女星、一年に一度の逢瀬の日。
 難しい星の名前なんて、当時のわたしは何も理解していなかった。
 ただ、夜空に輝く星が綺麗で、なんだか嬉しくて楽しくて、どうしようもなくて……心がいっぱいだった。
「きれいきれい! すごいなー」
「星の名前や場所を覚えたら、もっと楽しいよ」
「じゃあ、わたしもお兄ちゃんみたいに、星のこといっぱい覚える!」
 わたしは無邪気に意気込んでいた。本当に星が綺麗で仕方なかったんだ。
「来年が楽しみだな」
「うん! 絶対にまた来ようね!」
 その約束が果たされることはなかった。
 十年たった今も、これから先も、私はひとりでこの場所に来る。
「……秋彦さん」
 五つ年上のお兄ちゃん。
「今年も星が綺麗だよ。彦星さまと織姫さま、きっと会えたよね」
 もう会うことのできない、大好きな幼なじみ。
 私の手をひいて、「美織」と優しく呼んでくれたあなたは、もういない。






ひとりぼっちの織姫さま

(また来年も、私はわたしの初恋に会いに来るから。)
(きらきらした大切な思い出に会いに来るから。)