小高い丘の上に大樹がある。太く広げた枝に瑞々しい緑を芽吹かせているそれは、丘に大きな影をつくり、降り注ぐ陽光から彼等を守ってくれていた。
 彼女は木陰で本を読むのが好きだった。今日は珍しく彼も一緒だ。それは、丘で過ごすひと時をいつもより何倍も楽しくさせる。
「ねえ、どうして人は生まれてくるのかしら」
 彼女は昔から唐突にものを言う。彼はそんな彼女を一瞥してから、肩を竦めた。
「知らない」
 彼の態度はそんなことを聞くなと言わんばかりに素っ気なかったが、彼女はそれを気にする風もなく新たな質問を投げかけた。
「じゃあ、どうして人は死ぬのかしら」
「……どうしたんだ、急に」
 再び彼女に視線をやると、大樹を見上げていた。否、それには語弊がある。彼女は重なり合う葉の隙間から小さく切り取られた蒼い天を見ていた。
 そのまま会話は途切れた。静寂の中に、自然の奏でる旋律だけが風にのり流れ行く。
 どれくらい時が過ぎただろう。彼女はふと視線を下ろし、彼を見つめた。そして、うっすらと微笑んだ。
「一度疑問に思ってしまうと、もうダメ。考えても解からないと、なんだか落ち着かなくなるの」
「それなら考えなきゃいい」
「無理よ。考えてしまうんだもの」
 彼女は微笑んでいる。きっと不安なのだろう。なんとなく、彼はそれを感じた。
「考えたって解からない事実より、今の方が大切だろ」
 言いながら、彼は立ち上がり、そして丘を下り始める。彼女も急いでそれに倣った。小走りに彼を追いかける。
「今?」
 彼女は問いかけた。
 彼はなにが言いたいのだろう……。
「今、俺たちが生きてるっていう事実」
 彼は立ち止まった。そして振り返り、彼女を見据える。
「その方が、生きる死ぬの事実の前に大切なことだ。そう思わないか?」
 彼女は微笑んだ。それは、先程の薄っぺらな笑みとは違う。
「そう、私もそう思うわ」
 彼は、再び歩き始めた。彼女は、彼を追いかける。そして、彼の隣に並んだ。






今、在る「事実」

(あなたが隣にいてくれる。それは変えようのない決定的なもの。)