欲しいモノがあるのか?
それなら手に入れればいい。
邪魔者がいるって?
そんな奴は殺してしまえ。
そうやって生きてきた。そんな風に、世界は廻っていた。
「退け! 俺はコレが欲しい。邪魔するなら殺すぜ」
「奇遇ですね。僕もコレが欲しいんですよ」
「殺されたいのか!」
「僕たち、気が合うと思いません?」
「は?」
「だって、あなたも僕もコレが欲しいんですよ。気が合いますよね」
欲しいモノを手に入れるためには、殺すことも厭わない。邪魔者が現れれば、どちらかが屍となるまで殺意を振るう。早々に勝敗を見極めた弱者は、平伏し命乞いをする。
排除すべき『邪魔者』、平伏す『弱者』、そして『自分自身』が世界を構成する全てだった。
そこに現れた、奇妙な男。殺意を振るうことも、平伏すこともしない。『歩み寄る』ことをする者。
「今日もそこを退くつもりはないのか?」
「もちろんです」
「殺されたって文句は言えねーぞ。お前は俺にとって『邪魔者』だ」
「僕にとっては『邪魔者』じゃありません」
「お前だってコレが欲しいんだろ? それなら同じモノを欲する俺は邪魔だろーが!」
「独占する必要がどこにあるんです?」
「なにが言いたい」
「あなたもコレが欲しい。僕もコレが欲しい。せっかく同じモノを欲しているんですから、『共有』すればいいじゃないですか」
「……『共有』、だと?」
「コレを通じて、共に多くを有し語り合うんです」
「なんだソレは?」
「僕たちは、きっと良い『友』になれる」
『共有』するという新たな概念。『友』という関係性。
彼は戸惑っていた。奇妙な男が解らなかった。
いつのもように、欲しいモノを手に入れるため、殺してしまえば済むことなのに―――出来なかった。
コレのもとで、二人は出会った。対話した。幾度となく。
その度に、彼は「殺すぞ」と儀礼のように言ったが、結局しなかった。出来なかった。
けれど、彼は気付かなかった。気付けなかった。
―――何故、殺せないのか。
それが、自身の、世界の常であったはずなのに。
ある日、彼はいつものように、コレのもとを訪れた。すると、奇妙な男が倒れていた。ぴくりとも動かなかった。
血の匂いがした。嗅ぎなれたモノのはずなのに、胸が震えた。
「君もコレが欲しいのかい?」
見たことのない男が立っていた。
血にまみれた全身。けれど、怪我を負っているわけではない。それは、その男の血ではないのだから。
「お前は、コレが欲しいのか?」
「ああ、私はコレが欲しい。そいつもコレが欲しいと言ったから殺したよ。『邪魔者』だからね」
男は倒れている奇妙な男を見て薄ら笑いを浮かべ、次に彼を見ると胡乱な表情をした。
「その目から零れているモノはなんだい?」
「……なんのことだ?」
彼は目元に手をやった。生温い水が滴っていた。
止まらない。トマラナイトマラナイ、止まらない……。
「なんだコレは、なんなんだ……」
彼は混乱した。
男はいつの間にか立ち去って、彼の欲していたモノも一緒に無くなっていた。けれど、そんなことはどうでもよかった。
彼は崩れるように座り込んだ。
体温のない奇妙な男を間近で感じると、よりいっそう目から水が溢れた。
死体は見慣れている。今まで殺した人数は記憶していない。それが日常で、わざわざ記憶するほどのことでもなかった。どうでもよかったのだ。
それなのに、今はどうだ。
奇妙な男が死んでしまった。コントロールの利かない感情が渦巻いて、収拾がつかない。どうすればいいか、解らない。
「……『共有』、するんじゃなかったのか?」
奇妙な男が答えることはない。死んでいるのだから。
彼は、その屍を見るのがいたたまれなくなって、土に埋めてしまった。なにかしなければと、花を摘んで添えた。そして、静かに奇妙な男を偲んだ。
それから、彼はいっさい人を殺すことをしなかった。
彼のモノを欲する者が現れれば、分け与えたり『共有』することをした。
どんな者にも『歩み寄る』よう努め、『友』となることを望んだ。
そんな彼を見て、共感する者たちが現れた。
彼らもまた、『友』という新たな関係性を望んだ。
『邪魔者』と『弱者』、そして『自分自身』で構成されていた世界に、『友』という存在が加わった。
人々は新たな関係性を得、新たな感情を得た。
世界は、互いを想い『愛する』ということを知った。
そうして、今日も世界は廻り続けている。
(大切なものが出来ると、人は変わる。世界は変わる。)
世界は愛することを知りました。