※百合です。苦手な方は、ご注意下さい。
夏休みの課題をやろう。
それは、口実でもなんでもない。最初はそのつもりなのである。本気なのだ。
しかし、夏休みが始まったばかりの七月末に、早く課題を終わらせねば、という切迫感はまるでない。結局のところ、夏休みが終わりに近づいた頃になって、ようやくじりじりと追い詰められ、そこで初めてどんな課題があっただろうか、と課題の数や内容に思考を巡らせるのだ。もちろん、そんな人間ばかりではないだろう。しかし、世の学生の大半はそんなものだ、と美貴は勝手に考えていた。代わりに、それは、計画性のない怠惰な生活を正当化するための言い訳だ、と主張されてしまえば、それまでのことだ、と認識している。
とにかく、「うちで一緒に課題やらない?」という一文には、微塵も嘘はなかったのだ。美貴は、本当にそのつもりでメールを送信したし、受信した優奈も、それに賛同した。それが昨夜のことだ。
現在、本棚の上から三段目――立っているときに、ちょうど目線と同じくらいの高さである――にちょこんと置かれているシンプルな四角いデジタル時計は、午後三時七分を表示している。
優奈が美貴の家にやって来てから、すでに二時間が経過していた。二人が机に向かったのは、最初の五分くらいだ。実際は、もっと短かったかもしれない。
美貴は、小学生の頃から使用している勉強机とセットの椅子に浅く腰掛け、だらしなく背もたれに寄りかかる体勢で漫画を読んでいる。
床に広げた折りたみ式の白い丸テーブルの上には、形ばかりのレポート用紙と参考文献が二人分開かれていた。真っ新な用紙が目に痛い。片付けてしまおうか、と考えたが、そのために動くは億劫だった。
三冊目の漫画を読み終え、前に読み終えた二冊の上に重ねる。四冊目を取りに立ち上がった瞬間、美貴は、身体が空腹を訴えていることに気がついた。本棚から四冊目の漫画を取り出して、ベッドの傍に寄る。
ベッドの上でファッション誌を広げている優奈は、うつ伏せの体勢で足を膝から折り曲げて、宙でぶらぶらと揺らしている。傍に寄って来た美貴を一瞥して、またファッション誌に視線を戻した。
美貴は、床に腰を下ろした。ベッドの上に、腕と顔をのせて項垂れた。冷房で冷やされたフローリングが、ショートパンツから露わになっている足に冷たい。その温度が次第に馴染んでいく。
美貴が覗き込むように優奈を見上げた。「ねえねえ」
「なに」
「お腹すいたあ……」美貴が間延びした声を出した。多少甘えたような声音だ。しかし、それとは対象的に、苦しそうな表情をつくって腹部を押さえている。
そのポーズは、どちらかというと、腹痛のときに相応しいのではないか、と優奈は考えた。
「私に言われても。ここ、美貴の家じゃん」
「あたらずとも遠からず」美貴が笑った。
「大当たりだよ」優奈は笑わなかった。なにが可笑しいのだろうか、と思ったが、思考するまでもないと考える。雑誌のページをめくった。
「お腹と背中がくっつきそうだよう」美貴が悲痛な声をあげた。同時に、腹の虫が小さく鳴いた。
よくもまあ、空腹ごときでそんな声音をつくれるものだ、と優奈は素直に感心したが、そのスキルを身に付けたいとは微塵も思わなかった。
「そういえば、痩せたいって言ってよね」
ちょうどいいんじゃない、と言いながら、優奈はまたページをめくった。数人のモデルが、少しずつ柄や形の違うワンピースを来てポーズを取っている。
美貴は、漫画、ファッションや芸能人、各方面に適度に興味を持っていたが、優奈はどれにもさして感心がなかった。ファッション誌を見ているのも、単に、なぜモデルたちは揃って似たような顔をしているのだろうか、という疑問を考察しているにすぎない。しかし、謎が解けたところで、その解答には一抹の興味もない。疑問が解答へと至るプロセスに、意味と面白みがあるのだ。だからといって、モデルの顔の類似について考察することに、意味があるとは思っていない。とんでもなく馬鹿馬鹿しいことだ、とすら考えている。なんの有益にもならない。しかし、そんな馬鹿馬鹿しい疑問について思考し、馬鹿馬鹿しいプロセスを考察することは、たまにするからいいのであって、面白い。常にそのようなことを考えているのは、ただの馬鹿だ。たまに、だからいい。
美貴と一緒にいると、優奈は馬鹿馬鹿しいことを考えたくなる。息抜きをしたくなるのだ。つまり、彼女の隣は、優奈にとって心地好い場所なのである。
優奈は、またページをめくった。やはり、そこにも似たような顔のモデルたちが並んでいた。
「ねえ、優奈ってばあ」美貴の指先が、優奈の服の袖を引っ張る。構ってくれ、というアピールだ。
「お腹がすきすぎて、そのうちムンクになっちゃいそうだよ」両手を頬に添えながら美貴が言った。
「そんなに、お腹がすきなんだ。私より?」優奈がおどけた。
「意味わかんないよ」
「あ、じゃあ、絵になっちゃうってことだ」優奈がくすっと笑う。
「もう。あたしって、そんなに芸術的?」普段あまり見せない真剣な表情をつくって美貴が言う。「今度、美術館に行ってみようかな」
「絵なら静かでいいかもね」
「あ、言ったな」美貴が優奈の読んでいた雑誌を取り上げる。「静かなあたしなんて、絶対さみしいよ、絶対」美貴が主張した。
すごい自信、と優奈は思ったが、口には出さなかった。美貴の言うことが間違いではないからだ。
優奈は、ごろんと仰向けに寝転がって、顔だけを美貴に向けた。「そうかもね」
「ありゃ、なんか素直」
「美貴は?」聞き逃してしまいそうくらい小さな囁き声で、優奈がきいた。
「めっちゃ素直だよ」美貴が堂々と答える。
「違うよ。私が絵になったら寂しい?」
「わかんない」
「ひどいな。ちょっと傷ついた」
「そんなことで?」美貴がくすっと笑う。
「そんなこと?」優奈が黒い瞳をくりくりと回した。
「絵になるわけないじゃん。想像できないよ」
「確かに」優奈は頷いた。「じゃあ、もしも私がいなくなったら?」
「死んじゃう」
「嘘ばっかり」
「嘘なの?」美貴が目を瞬かせる。
「さあ」優奈の口元が綺麗な笑みを浮かべた。すっと見を乗り出す。美貴の唇に触れる。一瞬だ。そして、またベッドにおさまった。手には、美貴に奪われたファッション誌を持っていた。身を乗り出したときに、美貴の膝元に置かれていたのを取り返したのだ。
優奈は、ぱらぱらと雑誌をめくりながら、先ほど見ていたページを探す。ちらりと瞳を眇めて美貴を見た。「もう一度どする?」
「なにを」
「課題の続き」
「しなーい」
美貴は立ち上がって、椅子に戻った。四冊目の漫画を広げる。漫画に視線を落としたまま、美貴が言った。「優奈って、すっごく私のこと好きだよね」
「え、そうなんだ」優奈は目を瞬かせ、驚いた声を出した。
U&I
(YOU&I)
(ゆうあい、友愛)
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